014.土岐麻子 / Debut (2005)

Debut

開けた窓から絵の具のように青い空、すこしの蜃気楼、その向こうに飛行船。揺れるカーテン、炭酸の泡沫が浮かんでるみたいな風。しゅんしゅんとポットが湯気を吹く音、彼のコーヒーと彼女の紅茶が待ちかねて香っている。そんな、美しい季節の中のちいさな生活感が音になったような感じ。部屋聴きに最適です。見慣れきった家具とか家電とかがいとおしく見えてきます。


ふたつ前のエントリーでMichael Franksの2ndについて書きましたが、それにもっとも似た肌触りの音楽はと言われたらこのアルバムが浮かびます。エレピとギターのやわらかさ、バランスが似てる気がするのです。ものすごく自然体なのですが、ジャズの要素をふんだんに使って実はかなりソフィスティケートされた世界。しかしそれはあくまでも要素です。シンバルズ解散後のソロ活動のスタートもまずジャズスタンダード集から始まった彼女ですが、やはりジャズといってもたとえばブロッサム・ディアリーみたいな、ポップスとしての白いジャズが声や振る舞いに似合っていると思います。そしてこの後に続く作品たちにも言えることですが、彼女は本当に自分にフィットする素材、テーマを選ぶのがうまい。(それとも人材のほうが集まってくるのか?)


ところで彼女は長音(「ー」て伸ばす音)の発声がとても魅力的です。ビブラートやこぶしといった言葉とは無縁のある種平坦な伸びなのですけれど、何も邪魔しない耳あたりのよさがあります。関連してか、英詞で歌う曲もけして英語の発音が達者なわけではないのに不思議とマイナスに聴こえません。いくらモテてもまったく気づいていないような、天然マドンナの風格を漂わせています。


○ウィークエンドの手品

ブラシで細かくたたかれるスネアの粒が、ことばと一緒にしぶきになって散らばってゆく。他の楽器の絡み合いも、よく聴くと実はかなり研ぎすまされたセッション。