008.須山公美子 / 夢のはじまり (1986)



月あかりが町じゅうぜんぶを銀箔のモノクロにしてしまった下で、裏道にアコーディオンを抱えた女が立っている。聞けば、女はこの裏町の活動弁士だという。お月さまやお星さまが窓ごしに見てきた、いろんな昔ばなしをたくさん知ってるんだよ。おひとりさまだろ。まあ聴いていっておくれよ。あるときは貧しいサーカス小屋の呼び込み嬢、と思えばちんどん屋の女座長、はたまた体が弱く外に出られないピアノ弾き。ちょうど映写機をまわすように、ゆっくり呼吸を置き、彼女たちのはなしを歌い語ってくれるのです。


なんといってもM1「月夜の真空管」ですよ。稲垣足穂のあやしく魅惑的な夜の世界。初めて聴いたとき、真っ先に思い出したのはSlapp Happyの「Casablanca Moon」でした。踊る月光そのもののような弦の響きも似ているし、ダグマー・クラウゼも須山さんもクルト・ヴァイルやアイスラーの歌曲を歌っていたりするので、実際ひな形だったのかもしれません。とにかく甲乙つけがたく映像的で良い曲です。


他の曲はいろいろな役を演じわける感じで、口上・唱歌・ピアノ弾き語りなど様式も移り変わってゆきますが、共通しているのはせまい屋根裏から生まれてきたような清貧なロマンチシズムです。演奏や録音はけして洗練されているとは言いがたいですけれども、それがよりアングラな空気を演出してもいて、悪くはありません。


○月夜の真空管
なんでも斎藤ネコさんのストリングスだそうです。じわじわ歯車がずれていく感じがかっこいい。